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足利銀行の破綻について思う
足利銀行が先月の11月28日(土)に経営破綻と認定され、一時国有化されることが決定した。今回の破たん処理は資本注入ではなく一時国有化であるため、りそな銀行の場合と異なり、国有化の後は「引受銀行」を探すことになるので「足利銀行そのもの」は残らないことになる。それにしても気になるのはそれまでの財務である。
(龍前篤司, 12/3)
足利銀行の破たん処理が決定した。今回の処理はりそな銀行の場合と異なり、資本注入ではなく「一時国有化(ブリッジバンク)方式」である。したがって、国有化して健全化した後はどこか引き受け銀行を探すことになるため、足利銀行そのものは消滅することになる。
足利銀行については以前からその経営状態については取り沙汰されており、今回の発表もあまり意外性はないが、一時国有化の方式を採ったことは一定のインパクトを与えている。栃木県選出の国会議員もこの点に関しては「厳しすぎる」という異議を申し立てているようである。
「りそなは救済して足銀は切り捨てる」という根拠は「その影響力の違い」でしかないようである。なぜなら、りそなの場合も今回の中間決算で2兆円も資本注入しても1兆7000億円の損失を計上しており、資本注入がなければ「債務超過」であったことは明らかなのである。したがって「債務超過なら国有化、過小資本なら資本注入」というルールがあるのなら判るが、実際は債務超過がわかっていたのにりそなは救済し、足銀は切り捨てたのは全くの政治的判断であるといえよう。
それにしても、「不良債権の分類」や「税効果資本の金額の算定」がこれほど恣意的になされていることについては、大きな憤りをおぼえる。債務超過であると知っていたならりそな銀行や足利銀行の増資の求めには誰も応じなかっただろうからである。
そもそも「会計ビッグバーン」はあまりにも独自な日本の会計基準をグローバル化するために導入されたはずであり、新しいグローバルな基準に従って作成された財務諸表がこれほど信用できないものなら何のための会計ビッグバーンであったのか判らないからである。なぜ会計基準はグローバルに厳しくなっているはずなのに実態を反映しないのであろうか?この最大の原因は「サラリーマン経営者の無責任経営(責任逃れ経営)」にあるのではなかろうか。とりあえず自分の任期の間だけでも問題が顕在化しないよう責任逃れの財務諸表を作る姿勢は、本当の改革者たるべき経営者の姿ではない。
銀行は「中小企業の財務諸表について信用できないのでもっと精度を高めるよう要求」してくるが、中小企業経営者は「自らの会社を真に改革しなければ自分が破綻することから逃れられない」のである。自らが責任を取るつもりのない経営者こそもっとシビアに財務諸表を作成すべきである。
多くの出資者を募ることで経営している大企業はもっと厳しい会計基準を適用すべきであり、その基準をそのまま自らが責任を取る経営を行っている中小企業に押し付けるのは間違っている。ビッグバーンという名のもとに銀行を甘やかす「税効果会計」を導入して、銀行の自己資本の水増しに協力した財務省や政治家もその責任を問うべきである。
会計という技術は政治的に利用されてはならないと思う。
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